DHA(ドコサヘキサエン酸)はオメガ3系脂肪酸の一種で、胎児の脳や目の発達に重要な栄養素です。本回答では、妊娠中のDHAの代謝や胎児への供給、赤ちゃんの発達への影響、食事での工夫、最新研究の知見、そして国際的・国内のガイドラインについて、一般の妊婦さんにもわかりやすく解説します。
1. 妊娠中のDHAの代謝と胎児への供給
- 体内でのDHAの合成と吸収: DHAは体内で少量なら前駆体のα-リノレン酸(ALA)から合成できますが、その変換効率は非常に低いため、食事から直接DHAを摂ることが重要です ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC ) ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。魚介類はDHAの主要な供給源であり、妊娠中は普段以上に十分な摂取が求められます ( Omega-3 Fatty Acids and Pregnancy – PMC )。
- 胎児への優先的な供給: 胎児は自分でDHAを作れないため、母体から胎盤を通じてもらう必要があります。胎盤にはDHAを優先的に取り込んで胎児側に送る仕組みがあり、その結果、へその緒の静脈血中のDHA濃度は母体の血中濃度より高いことが確認されています ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。つまり、妊婦さんが摂取したDHAは胎盤を介して効率的に赤ちゃんに届けられるようになっています。
- DHA不足時の代謝の優先順位: 妊娠後期になると胎児の脳や網膜でDHA蓄積が急増するため、母体内のDHA需要も高まります ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC ) ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。もし母体のDHA摂取が不足すると、母体の蓄えているDHA(体脂肪など)を動員してでも胎児に優先的に供給しようとします (Maternal and fetal benefits of DHA supplementation during pregnancy)。その結果、母体はDHAが相対的に枯渇しやすくなり、妊娠末期には必須脂肪酸が生理的に低下する現象も報告されています (Maternal and fetal benefits of DHA supplementation during pregnancy) (Maternal and fetal benefits of DHA supplementation during pregnancy)。このように、身体は胎児の発達を最優先しつつ限られたDHAを配分します。
- DHA不足の影響: 妊娠中に深刻なDHA不足が起こると、胎児の脳や神経の発達に支障をきたす可能性があります。動物実験では、母親のオメガ3不足により子どもの脳のDHA量が低下し、学習能力の低下や神経細胞のサイズ縮小といった変化が生じたという報告があります ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC ) ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。また、産後にいくらDHAを与えても、胎児期の欠乏による視機能・行動発達の遅れは完全には取り戻せなかったとの知見もあります ( Omega-3 Fatty Acids and Pregnancy – PMC )。このため妊娠中にDHA不足にならないよう注意することが大切です。
2. DHAと赤ちゃんの発達
- 脳の成長と神経細胞の形成: 胎児の脳は妊娠後期から生後2年間にかけて急速に成長し、この時期に多量のDHAが神経細胞の膜に組み込まれます ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。人間の脳の乾燥重量の約60%は脂質で、その中でもDHAは主要な構成要素です ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。DHAは脳内で細胞膜の流動性を保ち、シナプス形成や神経伝達物質の調節に関与します ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。十分なDHA供給があるとき、胎児の脳ではニューロンの生成(神経新生)やシナプス形成が活発に行われ、将来的な認知機能の基盤が作られます ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。逆にDHAが不足するとニューロンの大きさや数に影響しうるため、妊娠期の適切なDHA摂取は健全な脳発達に不可欠です ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC ) ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。
- 視覚機能の発達: DHAは目の網膜にも非常に多く含まれる脂肪酸です。網膜中のポリ不飽和脂肪酸の約80%がDHAであるとも言われ、視細胞の機能維持に重要です ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。胎児期から生後にかけて網膜はDHAを取り込み成熟していきます ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。妊娠中に十分なDHAが得られると、出生後の乳児の視力発達が良好になる傾向が報告されています。一方、DHA摂取量が極端に不足すると視覚の発達遅延リスクが指摘されており、視力の発達指標(視覚誘発電位など)にも差が出る可能性が示唆されています (DHA and support of the visual development of the unborn child and …)(※一般に母乳やミルクへのDHA添加で視機能が改善する報告もあります)。
- 学習能力・記憶力への影響: DHAはシナプス可塑性や神経伝達に関与し、記憶や学習能力を支える役割があります ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。動物研究では、母体のオメガ3不足によって子どもの空間認知や学習能力が低下することが示されています ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。ヒトの研究でも、妊娠中に十分なDHAを摂取した群では、生後数ヶ月~数年の子どもにおいて問題解決能力のテスト成績が良かったり、手と目の協調(ハンドアイコーディネーション)が向上したとの報告があります ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC ) ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。例えばある研究では、妊婦が週1500 mgのDHAを含む食品を摂取した場合、生後9か月の乳児の問題解決課題の成績が有意に向上したとされています ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。また別の研究では、妊娠20週以降に高容量の魚油サプリメント(DHA 2200 mg/日など)を摂取した母親から生まれた子どもは、2歳半時点で手先の器用さが向上していたとの結果もあります ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。もっとも、DHA摂取が長期的なIQ(知能指数)や言語発達に明確な効果を示すかについては研究によって結果が分かれており、総合的なメタ分析では「大きな有意差は認められない」という結論もあります (Omega-3 Fatty Acids and Maternal and Child Health: An Updated Systematic Review | Effective Health Care (EHC) Program) (Omega-3 Fatty Acids and Maternal and Child Health: An Updated Systematic Review | Effective Health Care (EHC) Program)。したがって、「DHAを摂れば子どもの頭が良くなる」といった即断は避けつつも、脳の正常発達を支える重要な栄養素であることは確実と言えます。
- 早産児・低出生体重児への影響: 妊娠37週未満で生まれた早産児や、出生体重の小さい赤ちゃん(低出生体重児)は、母体内で十分なDHA蓄積期間を持てなかった可能性があります ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC ) ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC )。特に妊娠最後の約3か月(第3三半期)は胎児が母体からDHAを集中的に受け取る時期ですが、早産だとその「DHA蓄積のチャンス」が短くなってしまうのです ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC ) ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC )。その結果、早産児・極低出生体重児では、生後もしばらくDHA不足の状態が続くことが報告されています ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC ) ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC )。このDHA不足は、視力の発達遅れや認知発達へのリスク要因となり得るため、早産児には出生後にDHAを強化した母乳やミルクを与えるなどの対策が取られます ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC )。実際、早産児にDHAなど長鎖脂肪酸を強化補給することで、その後の視機能や脳の発達が改善したという報告もあります ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC )。また妊婦への十分なオメガ3摂取は、妊娠期間を若干延長させ出生体重を増やす効果があるとの知見もあり ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC ) ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC )、結果的に早産や低出生体重のリスク軽減につながる可能性があります。
3. 食事の工夫とDHAの推奨摂取量
- DHAが豊富な食品: DHAは主に魚介類に多く含まれます ( Omega-3 Fatty Acids and Pregnancy – PMC )。特に青背の魚(サバ、イワシ、アジ、サンマなど)、サケ類、マグロ類(※トロなど脂ののった部分に多い)、ブリ、ウナギ、そして貝類の一部や魚卵(イクラ等)にも含まれます。海藻自体にはDHAは多くありませんが、海藻を食べるプランクトンを小魚が食べ…という食物連鎖でDHAが魚に蓄積されるため、魚を食べることがDHA摂取の近道です ( Omega-3 Fatty Acids and Pregnancy – PMC )。調理法としては、刺身や煮魚、焼き魚など日常的な食べ方で問題なくDHAを摂取できます。揚げ物にすると一部の油が流出することもありますが、大きな損失にはなりません。ただし調理油としてオメガ6系の多い油を大量に使うと、相対的にオメガ3の働きが抑制される可能性もあるため、バランス良く調理するのが望ましいです。
- 推奨摂取量の目安: 妊婦さんが必要とするDHAの具体的量は、国や機関によって若干異なりますが、1日あたり200~300mg程度のDHAを摂ることが一つの目安とされています ( Omega-3 Fatty Acids and Pregnancy – PMC ) ( A Prenatal DHA Test to Help Identify Women at Increased Risk for Early Preterm Birth: A Proposal – PMC )。これは魚に換算すると、一般的な魚料理で週に1~2回しっかりと魚を食べれば達成できる量です ( Omega-3 Fatty Acids and Pregnancy – PMC )。例えばツナ缶やサバの塩焼き1人前にはDHAが数百ミリグラム含まれます。米国の産科ガイドラインでは「週に8~12オンス(約2~3食分)の魚を食べる」ことが推奨されており (Advice about Eating Fish | FDA)、これを日本の魚料理に置き換えても週2回程度の魚料理でほぼ同等のDHAが補給できる計算です。厚生労働省の食事摂取基準では、妊婦のn-3系脂肪酸全体(DHAやEPA、α-リノレン酸の合計)で約1.6g/日を摂ることが推奨されています (Increasing EPA, DHA dietary intake and supplementation could reduce risk of low birth weight babies in Japanese women)。このうち魚由来のDHA+EPAで300~400mg程度を確保できると理想的です。妊娠初期から後期にかけてお腹の赤ちゃんの需要が高まるため、できれば妊娠前~妊娠初期から意識してDHAを多めに摂ることが望ましいでしょう ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC ) (DHA guidelines | dsm-firmenich Health, Nutrition & Care)。
- DHAの吸収を助ける栄養素: DHAは脂溶性の脂肪酸なので、他の栄養素とバランスよく摂ることで吸収・作用が高まります。特にビタミンEは抗酸化作用を持ち、体内で不飽和脂肪酸であるDHAが過酸化(酸化によるダメージ)されるのを防ぐ働きがあります。魚やナッツ、緑黄色野菜に含まれるビタミンEを十分に摂取しておくと、DHAを効率よく利用できると考えられます ( Omega-3 Fatty Acids and Pregnancy – PMC )。葉酸(ビタミンB9)についてはDHAの吸収そのものを直接高めるわけではありませんが、胎児の脳神経系の発達には葉酸も不可欠です。葉酸は妊娠初期の神経管閉鎖障害のリスク低減に役立つため、DHAとともに葉酸も不足しないよう心がけることが大切です。要するに、DHA単独でなく他のビタミン・ミネラルも含めたバランスの良い食事が、赤ちゃんの発達を総合的に支えることにつながります。
- 魚の選び方(メチル水銀リスクへの配慮): 魚には環境中のメチル水銀が蓄積している場合があります。特に大きな魚(食物連鎖の上位にいる魚)ほど水銀濃度が高くなる傾向があります。妊婦さんが魚を食べる際は、水銀含有量の低い魚種を選ぶことでリスクを抑える工夫ができます (Advice about Eating Fish | FDA) (Advice about Eating Fish | FDA)。例えば、サーモン、イワシ、サバ、ニシン、カレイ、タラ、イカ、エビ、貝類などは水銀が少なく安全性が高い魚介です。一方、メカジキ、マグロ(特にクロマグロなど大型種)、キンメダイ、バショウカジキ、クジラ・イルカなどは比較的水銀濃度が高いため、これらを大量かつ頻繁に食べることは避けた方がよいとされています (Advice about Eating Fish | FDA) (Advice about Eating Fish | FDA)。厚生労働省も「妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項」を公表しており、水銀の多い魚は週に1回以内にとどめるなど具体的な目安を提示しています(※例えばクロマグロは刺身1人前程度であれば週1回までなど)。しかしながら魚を完全に避ける必要は全くありません。むしろ魚にはDHA以外にも鉄やタンパク質、ヨウ素、ビタミンDなど妊娠中に有用な栄養が豊富です (Advice about Eating Fish | FDA)。適切な種類と量を守れば、魚食のメリットはリスクを上回るとされています (魚介類に含まれる水銀について – 厚生労働省)。アメリカFDAも「妊娠中の魚食は赤ちゃんの認知発達を助ける」というエビデンスを示し、週2~3回の魚介摂取を推奨しています (Advice about Eating Fish | FDA) (Advice about Eating Fish | FDA)。要は、「種類を選んで適量を食べる」ことでDHAを安全に摂取することが可能です。
- サプリメントの活用: 食事から十分なDHAを摂る自信がない場合や、魚が苦手・アレルギーがある場合には、DHA含有サプリメント(魚油由来や藻類由来のソフトカプセルなど)を利用する方法もあります。一般的な妊婦用サプリでは1日あたり200~300mg程度のDHAが含まれていることが多く、食事と組み合わせて推奨量を満たすのに役立ちます ( A Prenatal DHA Test to Help Identify Women at Increased Risk for Early Preterm Birth: A Proposal – PMC )。研究では1日500~1000mg程度のDHA摂取でも安全性に問題はないとされています (New research finds omega-3 fatty acids reduce the risk of premature birth | Cochrane)が、高容量のサプリ摂取をする場合は一応かかりつけ医に相談すると安心です。サプリメントはあくまで補助であり、できる範囲で食事から摂ることも心がけましょう。
4. 妊娠中のDHAに関する最新の研究動向
- DHA摂取と早産予防: 近年の大規模研究やメタ分析により、妊娠中のオメガ3脂肪酸(DHAを含む)摂取が早産のリスクを下げることが強く示唆されています。2018年のコクランレビュー(70件の無作為化試験の統合分析)では、妊婦へのオメガ3長鎖脂肪酸補給により37週未満の早産リスクが11%減少し、特に34週未満の重篤な早産は42%も減少したと報告されました (New research finds omega-3 fatty acids reduce the risk of premature birth | Cochrane)。また低出生体重児(2500g未満)の発生率も10%ほど低下しました (New research finds omega-3 fatty acids reduce the risk of premature birth | Cochrane)。このエビデンスは質の高いものと評価され、オメガ3(特にDHA)の補給は早産予防の有効な手段であると結論づけられています (New research finds omega-3 fatty acids reduce the risk of premature birth | Cochrane) (New research finds omega-3 fatty acids reduce the risk of premature birth | Cochrane)。実際、この結果を受けて「少なくとも500mgのDHAを含む500~1000mg/日のオメガ3を妊娠12週以降に摂取すること」が望ましいとの提言もなされています (New research finds omega-3 fatty acids reduce the risk of premature birth | Cochrane)。一方で、全ての研究が一致しているわけではなく、別の包括的レビューでは「DHA単独では妊娠期間を数日延ばす効果はあるが、早産そのものの発生率に有意差は見られなかった」とするものもあります (Omega-3 Fatty Acids and Maternal and Child Health: An Updated Systematic Review | Effective Health Care (EHC) Program)。しかし総じて言えば、DHAを含む魚油の適切な摂取は妊娠を安全に継続させ、赤ちゃんの出生体重を増やす方向に寄与するエビデンスが増えてきています ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC ) ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC )。
- 赤ちゃんの発達への長期影響: 子どもの認知発達や行動に対する母体DHA摂取の影響についても多数の研究が行われています。いくつかの臨床試験では、妊娠中に高用量のDHAサプリを摂った群の子どもは幼少期の問題解決能力や注意力でわずかながら優れる傾向が示されています ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC ) ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。しかし、その効果は一貫して確認されているわけではなく、2010年代以降の大規模追跡研究では「妊娠中のDHAサプリメントは、小児期の認知発達指標(IQや言語発達など)に明確な利点をもたらさなかった」との報告もあります (Omega-3 Fatty Acids and Maternal and Child Health: An Updated Systematic Review | Effective Health Care (EHC) Program) (Omega-3 Fatty Acids and Maternal and Child Health: An Updated Systematic Review | Effective Health Care (EHC) Program)。実際、オーストラリアで行われたDOMInO試験(妊婦に800mg/日のDHAまたはプラセボを与え経過を見た大規模RCT)でも、児の知能や言語発達に有意差は認められませんでした。一部ではDHA群の児に幼児期の若干の多動傾向が見られたとのデータもあり、DHAが子どもの神経発達に与える長期影響については今後も慎重な検証が必要です。ただし、こうした研究結果は「DHAが無意味」ということではなく、DHA不足を防ぐベースラインさえ満たしていれば極端に追加摂取しても効果は頭打ちになる可能性を示唆しています。すなわち一般的な食事で推奨量のDHAを摂れていれば、通常の妊婦さんは十分であり、それ以上のサプリメント過剰摂取には明確なメリットがない、という解釈もできます。
- 妊娠合併症(妊娠高血圧症候群・妊娠糖尿病など)との関連: DHA摂取が妊娠中の合併症リスクに影響を与えるかについても研究が行われていますが、その結果は今のところ一貫していません。例えば、妊娠高血圧や子癇前症(プレエクラムシア)との関連では、「血中DHA濃度が低い妊婦で子癇前症の発症率が高かった」との観察研究がある一方、介入試験の統合解析では「魚油サプリメントで子癇前症を有意に減らす十分な証拠はない」とされています (Maternal and fetal benefits of DHA supplementation during pregnancy) (Maternal and fetal benefits of DHA supplementation during pregnancy)。実際のRCTでも、先述のDOMInO試験ではDHA群とプラセボ群で妊娠高血圧や妊娠糖尿病の発生率に差は認められませんでした (Maternal and fetal benefits of DHA supplementation during pregnancy) (Maternal and fetal benefits of DHA supplementation during pregnancy)。同様に、メタ分析の結果でも「通常リスクの妊婦においてオメガ3補給は高血圧や子癇前症を減らさない」とする報告があります (Omega-3 Fatty Acids and Maternal and Child Health: An Updated Systematic Review | Effective Health Care (EHC) Program)。妊娠糖尿病に関しても、DHA補給で予防できたとの明確なエビデンスは今のところ得られていません (Maternal and fetal benefits of DHA supplementation during pregnancy) (Maternal and fetal benefits of DHA supplementation during pregnancy)。したがって、DHA摂取は早産予防や胎児発達の面でメリットが期待できる一方、妊娠合併症そのものを防ぐ「治療薬」的な効果はないと考えられています (Omega-3 Fatty Acids and Maternal and Child Health: An Updated Systematic Review | Effective Health Care (EHC) Program) (Omega-3 Fatty Acids and Maternal and Child Health: An Updated Systematic Review | Effective Health Care (EHC) Program)。もちろん、DHAを含む魚を食べる食生活自体が健康的なので、結果的に妊娠中の全身状態を良くする可能性はあります。しかし高血圧や糖代謝異常の既往がある場合は、DHAだけに頼らず総合的な管理(減塩や体重管理等)が重要です。
- 国内の研究例: 日本でも妊婦のDHAに関する研究が増えてきています。最近の「J-PEACHスタディ」と呼ばれる妊婦コホート研究では、妊娠中期のDHA/EPA摂取量が少ない妊婦ほど低出生体重児を出産するリスクが高いことが報告されました (Increasing EPA, DHA dietary intake and supplementation could reduce risk of low birth weight babies in Japanese women)。この研究では1日あたりDHA+EPA摂取量が約172 mg未満の群でLBW(低出生体重)率が有意に高かったのに対し、375 mg以上摂れている群ではLBWの割合が低かったことが示されています (Increasing EPA, DHA dietary intake and supplementation could reduce risk of low birth weight babies in Japanese women) (Increasing EPA, DHA dietary intake and supplementation could reduce risk of low birth weight babies in Japanese women)。日本人妊婦の平均的なDHA+EPA摂取は200~300 mg程度と推定され、厚労省推奨の1.6 g(※これはα-リノレン酸なども含む総n-3目標量)に比べるとかなり低いのが現状です (Increasing EPA, DHA dietary intake and supplementation could reduce risk of low birth weight babies in Japanese women)。魚食の多い日本でも若い世代では魚離れが指摘されており、逆に欧米ではサプリメントの普及で妊婦のDHA補給が進んでいるという動向もあります。日本産婦人科医会なども「魚を敬遠しすぎず適度に摂取を」と注意喚起しています。今後ますます、日本においてもエビデンスに基づいたDHAの摂取推奨や、不足しがちな人へのサポート体制が重要になるでしょう。
5. 国際的ガイドラインと公的機関の推奨
- WHOや国際機関の見解: 世界保健機関(WHO)や国連食糧農業機関(FAO)などの国際機関も、妊娠中のオメガ3脂肪酸の重要性を認めています。FAO/WHOの専門家会合では、妊婦は少なくとも200~300mg/日のDHAを摂取すべきとする勧告が出されています ( A Prenatal DHA Test to Help Identify Women at Increased Risk for Early Preterm Birth: A Proposal – PMC )。これは各国のガイドラインにも反映されており、欧州食品安全機関(EFSA)や国際脂肪酸学会(ISSFAL)なども共通して「一般成人はEPA+DHAを250mg/日以上、そのうち妊婦・授乳婦は追加でDHAを+200mg摂取が望ましい」といった目安量を提示しています ( A Prenatal DHA Test to Help Identify Women at Increased Risk for Early Preterm Birth: A Proposal – PMC )。例えばISSFALや世界周産期学会では「妊娠中は200mg/日以上のDHAを食品またはサプリで摂取すること」を推奨しています ( A Prenatal DHA Test to Help Identify Women at Increased Risk for Early Preterm Birth: A Proposal – PMC )。
- 米国のガイドライン: 米国では産科婦人科学会(ACOG)や小児科学会が連名で魚やオメガ3の摂取を推奨しており、「妊娠中は魚を週2食(少なくともDHA 200mg/日相当)食べるように」と助言しています ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。米国小児科学会などは200mg/日のDHAを一つの基準としていますが、栄養学の専門団体である米国栄養・食事学会(AND)はさらに踏み込んで500mg/日のDHAを理想的な目標量として掲げています ( A Prenatal DHA Test to Help Identify Women at Increased Risk for Early Preterm Birth: A Proposal – PMC )。実際の米国妊婦の摂取量はかなり低く、DHA摂取量が平均わずか60mg/日程度というデータもあります ( A Prenatal DHA Test to Help Identify Women at Increased Risk for Early Preterm Birth: A Proposal – PMC ) ( A Prenatal DHA Test to Help Identify Women at Increased Risk for Early Preterm Birth: A Proposal – PMC )。そのためFDA(食品医薬品局)とEPA(環境保護庁)は、妊婦に対し**「週8~12オンス(約226~340g)の低水銀の魚を食べる」という形で摂取を促進しています (Advice about Eating Fish | FDA)。これは1週間で2~3回の魚料理に相当し、結果的にDHAを含むオメガ3が十分補給できる量です。FDAはまた、魚から得られるDHAやEPA、鉄、ヨウ素、コリン**などが胎児の脳発達を支える重要な栄養素であることを強調しています (Advice about Eating Fish | FDA)。特にコリンは神経系発達(脳や脊髄)に必須であり、魚介類はコリン源としても優れています (Advice about Eating Fish | FDA)。米国のマーチオブダイムズ(新生児基金)も妊婦への魚摂取を推奨し、WHO報告と同様に早産予防の観点からDHAの重要性を啓発しています ( A Prenatal DHA Test to Help Identify Women at Increased Risk for Early Preterm Birth: A Proposal – PMC )。
- 日本のガイドライン: 日本では「食事摂取基準(2020年版)」においてn-3系脂肪酸の目安量が示されており、妊婦(18歳以上)では1日あたり1.6g(18~29歳)~1.8g(30~49歳)のn-3系脂肪酸を摂取するよう推奨されています (Increasing EPA, DHA dietary intake and supplementation could reduce risk of low birth weight babies in Japanese women)。この中にはα-リノレン酸も含まれますが、魚由来のDHAやEPAから優先的に充足することが望ましいとされています。厚生労働省は妊産婦向け栄養教育の中で「魚を積極的に食べましょう。ただし水銀の多い一部の魚は食べ過ぎに注意」と案内しています (魚介類に含まれる水銀について – 厚生労働省)。例えば日本産科婦人科学会の提言では、「マグロ(キハダ、ビンナガなど小型種)は通常の摂取量で問題ないが、メカジキやクロマグロなど大型魚は週1回程度に留める」といった具体的注意が示されています(※出典:厚労省通知および日産婦ガイド) (妊婦等における水銀を含有する魚介類の摂食に関する注意事項)。日本人は伝統的に魚を多く食べてきたため、DHA摂取量が比較的多いと考えられてきました。しかし近年は若年層で魚離れが進み、実際の妊婦のDHA摂取量は必ずしも十分ではないことが懸念されています (Increasing EPA, DHA dietary intake and supplementation could reduce risk of low birth weight babies in Japanese women)。そのため、日本でも保健指導の中で魚食のメリットをあらためて伝えたり、必要に応じてサプリメントの活用を検討する動きがあります。また産後の母乳を通じて赤ちゃんにDHAを与えるためにも、妊娠中から授乳期にかけて継続してDHAを摂ることが推奨されます ( Maternal Docosahexaenoic Acid Status during Pregnancy and Its Impact on Infant Neurodevelopment – PMC ) ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )。
- 各国の推奨量比較: おおむね世界的なコンセンサスとして、妊娠中はDHAを1日200mg以上摂ることが望ましいという点で一致しています ( A Prenatal DHA Test to Help Identify Women at Increased Risk for Early Preterm Birth: A Proposal – PMC )。ただし食習慣の違いからアプローチが異なり、魚介摂取の多い国では食品から自然に摂ることを重視し、摂取量の少ない国ではサプリメントでの補填を含めた指導が行われています ( A Prenatal DHA Test to Help Identify Women at Increased Risk for Early Preterm Birth: A Proposal – PMC )。欧州(EFSAなど)では一般成人に250mgのEPA+DHA/日を推奨しつつ、妊婦には追加でDHA100-200mgを摂るよう求めています。一方で米国では前述のように魚食回数のガイドラインで示し、実質的にはDHA200~300mg相当を確保する戦略です (Advice about Eating Fish | FDA)。日本のように総量1.6gといった形で提示している国は少ないですが、これは植物油由来のα-リノレン酸も含めて総合的に摂りましょうという意味合いです。最終的に重要なのは、妊婦さん一人ひとりが無理なくDHAを必要量とれる食生活を送ることです。魚が苦手なら他の食材やサプリで補う、魚を食べるときは種類に気を付ける、といった工夫をしながら、各国ガイドラインの目安を参考に自身のDHA摂取をチェックしてみましょう。
参考文献・出典: 本回答では、最新のレビュー論文やガイドライン、国際機関の発表資料など信頼性の高い情報源を引用しています。以下に主要な出典を示します(【】内の数字は該当箇所の参照先です)。
- Devarshi PP, et al. Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development. Nutrients. 2019 ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC ) ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC )他.
- Ota E, et al. Omega-3 fatty acid addition during pregnancy (Cochrane Review 2018) (New research finds omega-3 fatty acids reduce the risk of premature birth | Cochrane) (New research finds omega-3 fatty acids reduce the risk of premature birth | Cochrane)他.
- 米国NIH/EPA/FDA資料 (Advice about Eating Fish | FDA) (Advice about Eating Fish | FDA)他, Omega-3 Fatty Acids and Pregnancy(PMC, 2011) ( Omega-3 Fatty Acids and Pregnancy – PMC ) ( Omega-3 Fatty Acids and Pregnancy – PMC ).
- 日本厚生労働省「魚介類の摂取と水銀に関する注意事項」 (魚介類に含まれる水銀について – 厚生労働省)、J-PEACHスタディ(Nutrients 2023) (Increasing EPA, DHA dietary intake and supplementation could reduce risk of low birth weight babies in Japanese women)など.
- その他、各段落内に示したとおり ( Maternal Omega-3 Nutrition, Placental Transfer and Fetal Brain Development in Gestational Diabetes and Preeclampsia – PMC ) (Omega-3 Fatty Acids and Maternal and Child Health: An Updated Systematic Review | Effective Health Care (EHC) Program)等、多数の論文や報告書より。